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半透明なサラダ

詩で示せ

 
 我々の言葉は果たして無力か
 震災の後、多くの創作者が、この科白をまるで
 木偶人形のごとく、直情的に繰り返してしまった
「我々は無力だ」と。
 
 ではそんな創作者の言葉をこころの拠り所にしていた
 我々は果たしてどこに行けばよかったのか?
 どこか切り捨てられた思いにうち悩み
「当事者」でないことに、虚無な嫉妬さえしたか
 
 だが違うだろう 言葉とはそのような
 時に残酷な現実の前だけにあるものではなく
 現実が過ぎ去った、その後の
 ただ自分のための時間の中にもあるものだ
 
 ただ自分を許し、自分を傷つけた、世界を埋めよう
 誰に何と言われても譲れない
 確たる自分だけの世界を信じる
 それは果たしてどこかの誰かが告げた「無力」だろうか?
 
 私は無力とは言わない
 屈せず、ただ言語芸術の使徒としてある
 いつかの誰かの世界を支える、一途な、純粋な
 言葉の拠り所として、強く ある
 
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