繭 Category:現代詩 Date:2014年05月15日 地を這えない子供よ。 網にまもられた、 その汚れた想像力の服を脱いで、 蝶のように飛び立て。 立て。子供よ。地に立つことを許されない、 新緑の深くにいる子供よ。 先人がまもり通した青いろの眼を抱いて、 手を銃でもがれようとも、 脚を戦友が埋めた爆薬で吹き飛ばされようとも、 行くのだ。 未だ秘匿されたままの顔と肉体だけの胴体を引きずり、 この虹色に染まりきった繭を打ち破り、 戦場を駆け回るのだ。 子供よ。 痛みを忘れない蝶の羽ばたきのように、 鈍いろの羽根を脱ぎ棄て、いま見るのだ。 失意の荒地へ飛び立ち 戦うのだ。 PR
久遠に往く Category:現代詩 Date:2014年02月18日 こころの紅に 夢をあずけ 捨てられた 墓をあつめる 煙たい道路は 泥だらけの蜃気楼を得て 知らない 登山道を往く 揺らぐ音たちの会話 夕焼けに 取り残された怠惰 確かなものはここにある
足りない煙 Category:現代詩 Date:2013年10月12日 二人の欠けた円卓のうえで カタカイの雄鶏 について私たちは語りあいました 三年が経つといつしかもう眼が悪く なったそうで 她(ta ̄)は一年目で仕事を辞めたそうです 錆びた机をまわすと 存在のあるものが存在から消えていきます 存在は存在のないところに 満ちています 雪は今年も。よく降った私は存在の かまくらのなかで…… 雄鶏でイカを 焼きました
膨らんだ声 Category:現代詩 Date:2013年10月02日 私はやわらかい半島のふゆに よく 小径に出て 乾いた水をながしました さらさらと濡れた私の 蔭で友人と昼食をとりました ぶつかりあう水面にビーズ が よく跳ねて (覆された) 歌ごえをあげました 月のあいだに雲が見えるとき もう 半島のはるは近い
最終テノール Category:現代詩 Date:2013年04月25日 必要なオルガンはもう揃えられた 後はもう 必要な昼に向かって チンアナゴのように 〝にょきにょ〟と顔を出すだけだあの 飛び出しほどSentimentalなものはない 人間の無限の飛び出しはない 富士の火口に向かって 永遠に飛び出しつづける あの人間の欲望はない
恣意的な七日感 Category:現代詩 Date:2013年04月19日 私のなかの一週間は 淡い 小さな弧を描きながら 透明にちかづいて 四月の第三 水曜日の テールランプがなだれ込む 東山通に直列交差をする 「先輩、先輩、 カーヴァー読みましたよ。」 しかしすでに 愛について語ることも 我々について語ることも なくなった 赤煉瓦の近代も とうの昔に欠けてしまった 水曜日は月曜日に変色した すべてはあのパラフィン紙の下にある ざらざらした 箱のなかへと戻っていった
残像のためのエチュード Category:現代詩 Date:2013年02月25日 きのうの 新芽に 見いだした 始まる ひとつのクレッシェンド それは曲線 ひどく 怯え きそったことも うなずき あって 心臓へ ふかく よどむ 殻をのぞく
純粋挽歌 Category:現代詩 Date:2012年10月20日 透き通った 白い 青い 泥は こころの純粋をだけ追い詰めた 国語の教科書の紋切り型も グラウンドから聞こえてくる白球の音も 用意された 病室のスリッパでしかないのだ 病人はその上側にいる 自分自身の性圧を押し隠して 津軽女のような仮面をほどこして 影もない廊下に佇み 自らの男性器を抱え 冷たい病症を朗読する 「これが私の顔料ですの…」 欲望と追憶をないまぜにして 夜の胚胎に眠れぬ死者だと
協奏夜曲 Category:現代詩 Date:2012年09月19日 こころの 忘れられた女の形見が 迷うことを調べ始めた水線と 予感の調音を辿る 産卵の薄影へ波紋を拡げて わずか片側に誘われた潮騒を 宙の小室で膨らませる ――静かな忘却は、 数えきれない琴音を響かせて―― 貝殻の中の望遠鏡へ 瞬きと共に消えていく
非望の砂 Category:現代詩 Date:2012年08月14日 干乾びた噴水が 薔薇の葉に浮いた水を求めて 巻いた情念の砂漠を徘徊する 灰色の石 の前では 弔われた仙人掌すら 花をつけず砂に落ちる いったい誰が 悲風の劈く欲望の精神に 薔薇と噴水を象嵌したのか 姿形の違う両者を この古代の地に招いたのか ただ薔薇に霞む心だけが 砂の仮象の裡で 無限の呻きを広げるばかりだ